裁量労働制でも36協定の締結が必要な3つのケース

裁量労働制は、適切に運用することができれば、労働者・使用者の双方にメリットがある制度です。
もっとも、裁量労働制が導入されていることを理由に、本来必要な「36協定」についての手続きがされなかったり、残業代や休日手当が支払われなかったりといった違法なケースが生じることがあります。
今回は、裁量労働制を悪用されて不利益を被ることがないよう、裁量労働制においても必要とされる36協定の手続きや割増賃金の規定などについて、解説していきます。

そもそも「裁量労働制」とは?

裁量労働制とは、実際の労働時間数とは関係なく、あらかじめ労使間で取り決めた一定の労働時間(みなし労働時間)分を働いたとみなして、労働者に賃金が支払われる制度です。

会社が裁量労働制を導入するには、所轄の労働基準監督署長へ届け出ることが必要です。

裁量労働制には、「専門業務型」(労働基準法第38条の3)と「企画業務型」(労働基準法第38条の4)があります。
専門業務型裁量労働制は、

業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なもの

引用:労働基準法第38条の3第1項第1号

として厚生労働省令で定めた19業務を行う場合に、労使協定を結ぶことによって導入することができます。

具体的な対象業務等について詳しくはこちらをご覧ください。

参考:専門業務型裁量労働制|厚生労働省

企画業務型裁量労働制は、

事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその進行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、当該業務の進行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務

引用:労働基準法第38条の4第1項第1号

を行う場合に、所定の手続きを踏むことによって導入することができます。

参考:企画業務型裁量労働制|厚生労働省

一般的に「36協定」の締結及び届出が必要な場合

労働基準法では、労働時間の上限(第32条)や休日の付与(第35条)についての規定が定められています。

この上限(法定労働時間)を超える労働を時間外労働と呼び、法定休日における労働のことを休日労働といいます。

そして、使用者が労働者に時間外労働や休日労働をさせる場合は、以下の手続きを行わなければなりません。

  • 労働基準法第36条に基づく「時間外・休日労働に関する労使協定」(以下、36協定)を締結し、労働基準監督署に届け出ること。
  • 雇用契約書や就業規則等に「36協定の範囲内で残業や休日出勤を命じる」旨を明記すること。

36協定の締結・届出をせずに労働者に時間外労働や休日労働をさせた場合、使用者には罰則(労働基準法第119条)が科される可能性があります。

参考:36協定で定める時間外労働及び休日労働について留意すべき事項に関する指針|厚生労働省

裁量労働制でも36協定の締結が必要なケース

裁量労働制の場合は、実際の労働時間とは関係なく一定の時間を働いたものと「みなされる」ため、時間外労働や割増賃金は発生しないかのようにも思えますが、以下に掲げる3つの場合には、会社は36協定を締結するとともに、割増賃金を支払わなければなりません。

  • みなし労働時間が「8時間」を超える場合
  • 深夜労働を行った場合
  • 休日労働を行った場合

それぞれのケースについて、以下で説明いたします。

(1)みなし労働時間が「8時間」を超える場合

労働基準法第32条では、労働時間の上限を「1日8時間以内・1週40時間以内」とすることと定められており、この上限のことを法定労働時間といいます。

そして、この法定労働時間を超える労働のことを「時間外労働」と呼びます。この仕組みは、裁量労働制においても、基本的に同様です。

すなわち、1日あたりのみなし労働時間が8時間を超える場合は、法定労働時間を超えて働いたものとみなされるため、その超過した時間が「時間外労働」として扱われることになります。

(1-1)8時間を超えた部分のみなし労働時間には、割増賃金が発生する

時間外労働に対しては、使用者は労働者に、所定の割増賃金を支払わなければなりません(労働基準法第37条)。
割増賃金の金額は、「1時間あたりの賃金×対象の労働時間数×割増率」という計算式によって算出されます。

割増率は36協定において労使で合意したものが適用されますが、労働基準法の規定する基準をクリアしなければなりません。

割増賃金は3種類

種類支払う条件割増率
時間外
(時間外手当・残業手当)
法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えたとき25%以上
時間外労働が限度時間(1ヶ月45時間、1年360時間等)を超えたとき25%以上
(※1)
時間外労働が1ヶ月60時間を超えたとき(※2)50%以上
(※2)
休日
(休日手当)
法定休日(週1日)に勤務させたとき35%以上
深夜
(深夜手当)
22~5時までの間に勤務させたとき25%以上

(※1)25%を超える率とするよう努めることが必要です。
(※2)中小企業については、2023年4月1日から適用となります。

参考:「しっかりマスター労働基準法 割増賃金編」(P.2)|東京労働局

(1-2)8時間を超えた部分のみなし労働時間には、「時間外労働の上限規制」が適用される

働き方改革関連法の施行(2019年)によって、時間外労働には罰則付きの上限規制が設けられることとなりました。
時間外労働は、原則として「月45時間・年360時間」が上限とされ(労働基準法第36条4項)、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることはできません。

また、臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合でも、以下のような時間外労働の上限規制があります。

  • 時間外労働は年720時間以内(労働基準法第36条5項かっこ書き)
  • 時間外労働及び休日労働の合計が、複数月(2~6ヶ月のすべて)平均で80時間以内(同法第36条6項3号)
  • 時間外労働及び休日労働の合計が、1ヶ月当たり100時間未満(同法第36条6項2号)
  • 原則である1ヶ月当たり45時間を超えられるのは1年につき6ヶ月以内(同法第36条5項かっこ書き)

これらに違反した場合には、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科されるおそれがあります(同法第119条)。
こうした上限規制は、裁量労働制の場合にも同様に適用されます。

すなわち、みなし労働時間が8時間(1日あたりの法定労働時間)を超える場合にも、上限規制の範囲内で、みなし労働時間を設定しなければなりません。

参考:時間外労働の上限規制|厚生労働省

(2)深夜労働を行った場合

深夜労働(22〜5時)が行われた場合には、使用者は労働者に対して、所定の割増率に基づく割増賃金を支払わなければなりません(労働基準法第37条)。
そして、裁量労働制においても、深夜労働を行った場合には割増賃金に関する規定が適用されます。

すなわち、労働したとみなされる時間の中に深夜労働があった場合、所定の割増率(25%以上)に基づく深夜労働時間分の割増賃金が支払われることになります。

(3)休日労働を行った場合

休日労働が行われた場合、使用者は労働者に対して、所定の割増率に基づく割増賃金を支払わなければなりません(労働基準法第37条)。
そして、裁量労働制であっても、休日労働に関する割増賃金の規定は、同様に適用されます。
「休日労働」とは、法定休日(労働基準法第35条によって労働者への付与が義務付けられた1週間当たり1日又は4週間当たり4日以上の休日)に行う労働のことをいいます。

これに対して、所定休日(会社が独自に定める休日)における労働は休日労働にはあたらず、そこでの労働時間は、割増賃金との関係では法定労働時間内での労働や時間外労働として扱われることになります。

休日労働の割増率は35%以上とされ、休日労働と深夜労働が重複した場合には割増率が重ねて適用されるため60%以上となります。
なお、法定休日は、あらかじめ別の日に振り替えることが可能となっています。これを「振替休日の指定」といいます。

事前に振替休日を指定していた場合は、法定休日だった日が労働日と扱われるため、その日に労働したとしても休日労働にはならず、休日労働の割増賃金は支払われません。

【まとめ】裁量労働制でも、時間外労働、深夜労働、休日労働の場合には36協定の締結が必要です

今回の記事のまとめは以下のとおりです。

  • 裁量労働制とは、実際の労働時間数とは関係なく、あらかじめ労使間で取り決めた一定の労働時間(みなし労働時間)分を働いたとみなす制度です。
  • 労働者に時間外労働や休日労働をさせる場合には、36協定の締結及び届出が必要です。
  • 裁量労働制が適用されている場合にも、時間外労働が発生する場合(みなし労働時間が法定労働時間を超える場合)、深夜労働、休日労働を行った場合には、36協定の締結及び届出、またそれに基づく割増賃金の支払いが必要になります。

みなし労働時間の設定が長すぎたり、休日労働や深夜労働をしても割増賃金が支払われなかったりするなど、裁量労働制の不適切な運用が疑われる場合には、弁護士にご相談ください。

また、残業代の未払いがあると考えられ、請求を検討している方は、残業代請求を扱っているアディーレ法律事務所にご相談ください。

この記事の監修弁護士
髙野 文幸
弁護士 髙野 文幸

弁護士に相談に来られる方々の事案は千差万別であり、相談を受けた弁護士には事案に応じた適格な法的助言が求められます。しかしながら、単なる法的助言の提供に終始してはいけません。依頼者の方と共に事案に向き合い、できるだけ依頼者の方の利益となる解決ができないかと真撃に取り組む姿勢がなければ、弁護士は依頼者の方から信頼を得られません。私は、そうした姿勢をもってご相談を受けた事案に取り組み、皆様方のお役に立てられますよう努力する所存であります。

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